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引退...

”引退”という言葉はプロのスポーツ選手にしかに似合わない言葉なのだろうか?
サラリーマンは定年退職があるが、引退とは呼ばない。引退は自分で止めることを決めて各界から去っていくことである。
高い報酬を得てきたものだけが使うことを許される儀式になるのだろうか。
どんな職業についていても引退という言葉を使いたいと思う。もうこれ以上自分が納得できるプレー、パフォーマンスができないと感じた時に引退を決意すべきたと思う。
誰かがいう自分が駄目だと思わなければいつまでも引退という言葉はないと。確かに限られた職人の世界ではあり得ることかもしれないが、普通の人間には通常ありえないことである。誰もが特別な人になれるわけではないのである。このようなことを書くと後ろ向きなことをいうとは否定的だねとか言われることが多い。本当にそうだろうか。自分が納得することができなくなることはある年齢になるとだれもが感じることではないだろうか。ある年齢とは私は50歳だと考える。このくらいの年になるとまず目の機能が極端に衰え始める。これはいろいろな職業で致命的になるであろう。終身雇用がまだ残っている正社員は60歳まで自動更新で雇われ続けるが、実際50歳を超えると大抵は組織のお荷物かしていくと思われる。
並はずれた報酬を得ていないがために、艱難辛苦をなめながらサラリーマンを続けざろうえない。悲しい宿命である。
サラリーマンでも自分で止めることを決めて”引退”を宣言し、次の人生を模索していくということが常識になってほしいと昨今の報道を見ていて思いました。

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